酒造りは化学とセンスと情熱

“酒造りは化学とセンスと情熱”をスローガンに、約30年前から純米酒蔵を目指してきた井上合名会社。コアな日本酒ファンを魅了する「美田 山廃純米」、見た目も味もモダンなイタリアンラベルシリーズ「三井の寿 夏純吟チカーラ」といった酒質の幅で、多くの日本酒ファンを魅了している。九州からいち早く東京市場を開拓し、現在はイタリアにも進出するなど新たな挑戦を続けている酒蔵だ。

 

 

日本酒新時代の到来とは言うものの、まだ業界全体の7割以上を普通酒(もちろん普通酒を否定するわけではない)が占めていて、注目を浴びている特定名称酒は約2割程度。普通酒が売れてこそなんぼの世界という状況に、今も変わりはない。純米酒を商売の柱に転換していくことは酒蔵にとって大きな決断であり、相当の覚悟がいる。井上合名会社は今から約30年前、普通酒全盛期に純米酒路線にシフトした。それは現・専務で杜氏の井上宰継さんが蔵に戻る、何年も前のことだ。父親である社長が決断した当時のことを、井上さんはこう振り返る。

当時はうちも灘のナショナルブランドに桶売する未納税蔵だったんです。ターニングポイントになったのは、親父がフランスのワイナリーを見てまわって帰ってきてからのこと。それから地酒造りが始まったんです。大きな仕込みタンクや室の自動製麹機も捨てて、すべて手作りに変えたんです。純米酒を造っている他県の蔵を見学させてもらって、設備を入れ替え、ときにはちんぷんかんぷんな設備を入れてしまって失敗したり…まさに紆余曲折だったと思います。うちの純米酒作造りも、ここまでくるのに30年かかっているわけですから。当時の親父の決断には、感謝しています」

 

現在、井上合名会社では純米酒が99%以上を占めている。残りの1%未満は、鑑評会出品用の大吟醸。純米酒を経営の柱にしている、数少ない酒蔵のひとつだ。九州の酒蔵の中でもいち早く東京市場を開拓し、「美田」ブランドと「三井の寿」ブランドで酒通と日本酒ビギナーの両方を虜にしている。その幅広いラインナップの中でも、日本酒ヘビーユーザーを魅了している酒が糸島産山田錦で仕込む「美田」の山廃仕込みだ。

「山廃は昔ながらの造りというイメージを持っている方が多いと思いますが、実は山廃と速醸の歴史って、ほぼ同じなんですよ。山廃がなぜ出来たかというと、化学が発達して、すりつぶさなくても麹から出る酵素でお米が溶けることがわかったから。理論的に、山卸しを廃止しても酒が造れるようになったわけです。そこに乳酸を添加するという考え方が速醸ですよね。つまり、山廃の中に速醸があるわけです。酒造りの歴史を見ても、山廃が出来た直後に速醸という造り方が生まれているんです」

 

酒造りは化学とセンスと情熱だと言う、井上さん。江戸時代からほぼ変わらない造り方をしているものの、細かな行程の違いによって起こる化学変化によって、まったく異なる味に仕上がる日本酒。井上さんは化学によって証明された醸造の理論を独自に発展させ、常に新たな酒造りにチャレンジしている。特に「三井の寿」ブランドでは、「ワイン酵母でつくった純米吟醸酒」やセミやてんとう虫がデザインされたキャッチーなイタリアンラベルシリーズなど、新たな日本酒ファンの入口となるような商品も展開。「美田」もあわせるとそのラインナップの豊富さは圧倒的で、ひとつの銘柄でフルコースの料理に対応できる酒質の幅がある。

 

「よく造り方が器用だと言っていただきますが、これとこれを同じ人が作っているんだと驚かせるのも杜氏の腕の見せどころだと思うんです。自分は山廃の熟成やイタリアンラベルシリーズの中でも「純米酒コチネレ」みたいな味わいのある酒が好きなんですよ。でも、いま売れるだろう酒と自分が好きな酒は必ずしも一致しない。だから毎年何かしらの挑戦をして、いろいろな方々に気に入ってもらえて、さまざまな料理とマリアージュできるラインナップを目指しています」

 

普段は和やか面持ちだが、最後に「酒造りに対しては、誰にも負けない情熱を持っている」と話してくれた目は真剣だ。そこに、「美田」と「三井の寿」の酒質の高さが表れている。

「蔵のビジョンは10年計画で考えるようにしているのですが、今の感じだと2年遅れているんですよ。もうちょっと修正していかないとって思いもありますね。この蔵を、自分の子供が継ぎたいと思う蔵にしていきたいので」

 

 

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井上合名会社

福岡県三井郡大刀洗町栄田1067-2