他人の成功は真似しない。敏腕杜氏の価値観

 

福岡の日本酒を語るうえで、今や絶対に外せない銘柄『山の壽』。出品のために醸された特別なお酒ではなく市販酒を評価する「福岡県酒類鑑評会」で、最高賞の県知事賞や金賞を全部門で連続受賞している。生酒と変わらぬフレッシュ感やガス感を放つ火入れ酒など、業界最高峰の酒質を醸す注目杜氏・忽那信太郎。ここでは一般的に語られる酒造り論とは違った角度から、彼の価値感に迫る。

 

その酒質の高さで、日本酒好きが注目する名醸地として知られるようになった福岡。忽那杜氏が山の壽酒造に入った6年前は、現在の状況とは違った。福岡の飲食店が地元のお酒を扱い、地元の人が積極的に福岡の日本酒を飲むようになったのは、ここ数年のことだ。

 

「地元の人に納得してもらうには、東京の銘酒居酒屋で扱ってもらったり、有名な酒販店さんに担いでもらったりとか、そういうバックボーンを持ってないとダメだって認識が続いていたと思います。自分がこの蔵に来たときも、そんな感じでしたよ。ましてや『山の壽』という日本酒の存在を知っている人なんて、福岡市の飲食店界隈にもほぼいなかったですし」

当時の『山の壽』は、リキュールで何とか経営を続けていた。清酒に関しては「ただ造っている」だけで、業績が右肩下がりな理由は顕著だったと忽那杜氏は振り返る。それでも、日本酒を製造するメーカーとしてのポリシーを持ち直し、地元の人も納得させられる商品を造れば、小さな蔵でも注目を浴びることは出来ると核心していた。

「新しいレーベルやブランド名でやるかって話も出ましたけど、それって小手先でしかないと思ったんですよね。もちろん新しく生まれ変わって成功した例もありますけど、人がやって成功したことを真似するのはかっこ悪いでしょう。『山の壽』って名前にプライドを持ってやってきたのなら、その右肩下がりのブランドを右肩上がりにしていくってエネルギーとか気持ちが一番大事だと思って。もちろん、他にもテコ入れしなきゃいけないことはたくさんありましたけど」

現在の『山の壽』のラインナップを見ると、そのジャケットデザインやネーミングも印象的だ。蚊取り線香をモチーフにした夏酒など、まず視覚的に興味を持ってもらえるジャケットデザインにも、忽那杜氏のアイディアが反映されている。

「日本酒のジャケットにはアルコール度数とかいろいろ表示方法が決められているんですけど、それさえ守っておけば他は何やってもいいんですよ。別に筆文字じゃなきゃいけないって決まりもないですし、お行儀よくする必要だってない。もっと型破りなデザインがあってもいいんですよ。うちは日本酒ビギナーの人が飲んでもうまいと思える酒を目指しているので、わかりやすい蚊取線香とかスイカとか旭日旗とか他がやらないようなデザインを考えています。日本酒はジャケ買いでもいいんですよ。それで飲んでもらえるんなら。頭の堅い人はいろいろ言うかもしれないですけど、そんな人ほど合コン行ったら100%見た目でしょ? 日本酒だけダメって、そりゃないでしょうよ。見た目のデザインでも中身の味でも、人の心の中に入っていける商品が一番なんです」

 

旭日旗をモチーフにしたり、普通であれば“清酒”と表記するところを“日本國酒”と表記したり、日本人のナショナリズムをくすぐるジャケットも『山の壽』らしさ。

「サッカーW杯でもそうだったですけど、日本人にもナショナリズムがあるんですよね。ひとつそのスイッチを入れるキッカケとして、日本酒があってもいいのかなって思うんです。旭日旗を掲げて政治的な主張を押し付ける気なんてまったくなくてサッカーW杯やオリンピックのときは日の丸を振って喜んでいるんだから、そういう感覚を日常に落とし込んでもいいのかなって」

 

 

国酒である日本酒が、本当の意味での国酒となるためには、取り組むべき課題が残されている。日本酒業界最大のテーマは、まだ日本酒の魅力に触れていない人たちの興味を引き、いかにして魅力を伝えるかだ。忽那杜氏が酒造りの世界に入りたいと思ったキッカケ――。そこには、こんなエピソードがあった。

 

「親父が飲食店をやっていて、日本酒が好きで、いい嗜み方をしている姿を子供の頃から見ていたんです。お酒好きな人が集まって、みんなで旨そうに飲んでる風景が日常にあったから、そんな人たちを驚かせるような立場の仕事をしてみたいと自然に思ったんですよね。親父が日本酒を飲んで毎日ぐでんぐでんになってたら、酒造りの仕事はしていなかったと思います。子供がプロ野球選手を見て、いつか自分も野球選手になりたいと思う感覚と一緒。日本酒を嗜む姿が憧れの対象になっていけば、もっと日本酒の魅力が伝わりやすくなると思うんですよね」

 

 

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山の壽酒造

福岡県久留米市北野町乙丸1