ピンチをチャンスに変える会津坂下の酒蔵

 

 2011 年7 月2 日富士虎主催の『第一回日本酒総選挙』で見事1 位に輝いた『天明 さらさら純米』。

その酒を手掛ける〈曙酒造〉 は、福島県会津盆地の西「会津坂下(あいづばんげ)」に蔵を構える。

戊辰戦争の舞台にもなった鶴ヶ城がある会津若松から、電車で約40 分。豊かな水資源に恵まれた人口1 万7千の街だ。

 

曙酒造の創業は明治30 年。当時から女系が続き、この〈天明〉ブランドも女性の杜氏が醸してきた。

東北で一番最初に穫れるオリジナルの早場米〈瑞穂黄金〉で造るお酒は、他の蔵に先駆けて11月後半には新酒が出せるという。

地元米を使った酒にこだわり、地元蔵人と家族だけで酒造りをする小さな蔵だ。

以前は普通酒しか造らなかった曙酒造が転機を迎えたのは1999年のこと。
先代が急逝し、現蔵元の鈴木明美さんが蔵を継ぐ決意をしてからだ。

明美さんは東京農大醸造科を卒業しているが、酒造りを勉強し直すために夫婦で福島県主催の酒造アカデミーに入学。

約3年間酒造りに没頭し、コンテスト出品用に仕込んだ大吟醸『一生青春』が見事金賞を受賞する。

以来、全国で評判を得るような純米酒や吟醸酒を主力にした蔵作りを目指し、2001 年に新銘柄「天明」が誕生。
屋号の「曙」と同じ夜明け前を表す「天明」という酒名には、伝統を守りながら新しい挑戦を続けるという酒造りに対する蔵の姿勢が込められている。

 

 

全国の鑑評会でも高い評価を得てきた「天明」ブランドだったが、3 年前に明美さんが身体を壊してから品質が著しく落ちた。

明美さんの息子であり現専務・杜氏の孝市さんは、当時の様子をこう振り返る。

小さい頃から蔵にこっそり入って飲む自分ん家の酒の味が誇りだったんです。でも、母親が病気で倒れてからは別物でしたね。悲しかった。だから、これではいけないと思って自分も酒の勉強を始めたんです」。

会社を辞め、両親が通った酒造アカデミーに通いながら、他の酒蔵と情報交換したり勉強会に出席するため全国を歩き回る。

そして、身につけた知識と技術を蔵へ持ち帰った。

「やっぱり味が落ちた頃は、作りが雑だったんですよね。だから僕が蔵に入ってから、蔵人に文句を言われながらも原料処理の仕方を一から見直したんです。吸水管理を徹底して行うと、麹もしっかり出来るしお酒もきれいに発酵していくんですよ。こうして透明感があって太い線がある「天明」の味が生まれたと思っています」。

奇をてらったことはせず、冷蔵管理を含めた酒造りに徹する真摯な姿勢が「天明」ブランドのクオリティを保っている。

 

現在、曙酒造では日本酒以外の取り組みとして日本酒をベースにしたヨーグルト・リキュール「スノードロップ」も手掛けている。

日本酒以外で勝負することに対して否定的な意見があるのも事実だが、孝市さんは「天明」ブランドをはじめ曙酒造の酒造りを向上させていくために、日本酒とリキュール市場の2 チャンネルで勝負していく。

「震災の影響で蔵が半壊したり、正直ダメージはキツかった。でも、震災を乗り越えて更にいいお酒を造っていくためには、それなりの決心と設備投資が必要なんです。だから僕は、日本酒以外のリキュール市場でも勝負していきたいと思っています。このリキュールから日本酒好きになってもらえたら、一石二鳥ですしね(笑)。放射能の心配もありますが、地元で穫れる酒米も水もリキュールに使っている原乳もしっかり検査をしていますし、我々は安心して飲んでいただけるお酒しか造りません。いつも人の輪の中にあり、舌鼓を打たせ続ける酒造りが、先代から受け継ぐ曙酒造の在り方ですから」

ピンチをチャンスに変え、新たな価値を見出してきた曙酒造。

2012年には梅酒、さらにスノードロップの第二弾「宮袋いちご」といった新たなリキュールも登場している。また、中取りシリーズやちょいリッチシリーズで全国的な人気を獲得してる「天明」ブランドにおいても、新たに山廃造りの特別純米「焰」がラインナップに加わったりと、その挑戦は尽きない。

今年もまた、曙酒造の新展開が日本酒ファンを魅了する。

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曙酒造

福島県河沼郡会津坂下町戌亥乙2

http://akebono-syuzou.com