伝統の醸造法で未来を切り開く、情熱の醤油職人

玄界灘に面した福岡県糸島市は、海と山と平野が揃い、自然の恵みに溢れた土地だ。この糸島で4代続く醤油屋がミツル醤油醸造元。甘みとまろやかさが特徴の醤油は、創業から90年間地元の人々に愛されてきた。そして2010年秋から始まった、全量自社醸造という新たな挑戦。情熱の醤油職人が未来を切り開く。

 

ミツル醤油醸造元は、家族を中心に8人の従業員で製造する小さな醤油屋だ。

醤油屋としては歴史が浅く、全国的な知名度を誇る醤油屋でもない。

しかし「満たされる、満足していただけるものづくり」という創業理念を貫き、

“満”印の醤油は地元糸島の食卓に「おいしい」を届けてきた。

現在でもミツル醤油の販売の8割以上が個人客との直接取引で、その大半が戸別配達だそう。

スーパーに並ぶ大手メーカーの商品ではなく何十年もミツル醤油を買い続ける理由は、

その味や人間関係を含めた醤油屋としての満足度の高さがあるからだろう。

ミツル醤油醸造元の若き職人、城慶典さんは「これがうちの一番の強みであり誇り」と胸を張る。

 

1984年生まれの城さんは東京農業大学醸造科学科卒業後、

岡本醤油醸造場で1年間の研修を経て実家であるミツル醤油醸造元へ入社。

そして2010年秋、高校生の頃から志していた「自社での醤油醸造の復活」を実現するため、

糸島産にこだわった原材料と製法で新たな醸造をスタートさせた。

 

「日本酒もそうだと思うんですけど、原材料にこだわって諸味を作るところが一番重要というか、そこが醸造の仕事だと思うんですね。でもうちでやっていたのは、福岡の醤油組合から生醤油を購入して、それから火入れと充填をする作業。もちろん自社で味付けをするので他メーカーさんと味は異なりますが、元になる生醤油は同じなんですね。実は日本には約1500軒の醤油メーカーがありますが、仕込みから醤油造りをしているのは1割程度。つまり本当の意味で醤油造りをしているメーカーは非常に少ないんです。仕込みもせずに醤油屋を名乗るのは後ろめたい。そう高校生のときに思って、どうしても自社での醤油醸造を実現させたかったんです」

 

醸造物には醤油の他に味噌、清酒、焼酎、酢などがあるが、自社醸造が珍しいのは醤油業界だけ。

この意外な事実には、昭和38年に制定された「中小企業近代化促進法」に醤油製造業が

指定されたことが大きく影響している。

促進法により醤油製造は県や地域での協業化が進み、

コストと時間のかかる原料処理から圧搾までの工程を各メーカーで行なう必要がなくなった。

ミツル醤油もこの時期に醸造廃止を決断したそう。

何やら悪法のようにも思えるが、

中小企業近代化促進法が形になった昭和40年代は醤油の需要量がピークに達し、

協業化により多くの醤油メーカーが商品を安定供給できた。

 

その時代にとっては、必要な法律だったのかもしれない。

しかし、現在は食を取り巻く環境が大きく変化し、経済状況も異なる。

過去を踏まえた上で未来を見据え、

醸造業としての在り方を取り戻す第一歩を踏み出した城さん。

リスクを伴う挑戦だが、彼の情熱を応援する人は後を絶たない。

 

城さんが自社醸造するのは、

地元糸島産の大豆と小麦、玄界灘の自然海塩を原料とした木桶での2年仕込み醤油。

麹室を作り直し、機械や道具を集め、40年間眠っていた5つの20石桶も桶職人に直してもらった。

まだまだ仕込む量は少ないが、2年目は作業もスムーズになり、

3年目の仕込みからは木桶を2つ追加するそう。

試行錯誤の連続だと言うが、その中で城さんは醸造の醍醐味を実感し、楽しんでいる。

 

「まだまだ経験が浅いので、微妙に塩を変えたり種麹を変えたり、桶ごとにいろいろと試しています。後から何かを入れて味の差を出すような作り方はしたくないんですよね。醸造の段階で変化をつけるのが、醤油屋の個性だと思っているので」

 

初仕込みの醤油は、2013年の春に絞りを終えてお披露目される予定だ。

その諸味を見せてもらったときに、思わず我々の口からこぼれた「食べてみたい」の言葉…。

城さんはにっこり笑って、大豆が残る諸味を皿にすくってくれた。

芳醇で食欲がそそられる香りはもちろん、口の中に広がる旨味は格別。

とんがった塩気はなく、自然の旨味を感じる醤油だ。

この諸味の状態でも、商品として立派に成立している。

 

「ご年配の方が言うには、昔は諸味をご飯にのせて水をかけてお茶漬けみたいにして食べたそうです。醤油の味が薄まって、ちょうどいい案配になるようで。生姜を刻んで冷奴にかけても美味しそうですしね。絞る前の醤油諸味としても販売しようかな(笑)」

 

自社醸造の復活と併せ、

城さんは「地元・糸島を全国に発信したい」という想いを具現化させた

ミツル醤油のセカンドブランド「糸島テロワール」も展開。

糸島産のいりこだしに自家製土佐醤油を合わせ、地元白糸酒造の純米酒、3年熟成本みりん、粗糖で仕上げた「いりこだしつゆ」をはじめ、人気の「塩麹」もラインナップしている。

糸島の豊かな自然に育まれた農産物と海産物にこだわったブランドだ。

地元から愛され続けるミツル醤油醸造元は、

今まで通り糸島を大切にしながら全国にその魅力を発信していく。

味覚も心も満たす醤油が、日本の食卓に「おいしい」を届ける。

 

 

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ミツル醤油醸造元

福岡県糸島市二丈深江925-2

http://www.mitsuru-shoyu.com/