己の一歩を表現する決意の酒『一歩己』

江戸末期創業の豊国酒造は、むかしから地元に根ざした酒造りを続けてきた。今も変わらぬそのスタンスを受け継ぐのは、9代目の矢内賢征さん。名杜氏・簗田杜氏の味を守る『東豊国』ブランド、そして自身が立ち上げた決意の酒『一歩己』ブランドで、一番星のごとく輝き続ける酒蔵を目指す。

 

“地酒としてあたりまえ”。この精神で酒を醸し、地元・古殿の人々に愛されてきた豊国酒造。看板銘柄『東豊国』は最盛期で1000石、現在も700石を製造しているが、そのほとんどが地元で消費されているそう。日々の晩酌は『東豊国』、冠婚葬祭に『東豊国』、人が集えば『東豊国』といった具合に、さしつさされつも、贈り物も戴き物も古殿では『東豊国』だ。今も配達20~30分圏内が商圏で、東京はもちろん近隣都市の郡山や福島市でも流通していない。まさに土地の酒、地酒だ。

この酒の味を守り続けてきたのが、南部杜氏の簗田博明さん。南部杜氏自醸清酒鑑評会で2期連続首席を獲得するなど、名人として蔵人からも慕われてきた。現在は高齢のため休養中だが、蔵人たちはとびきり美味しい酒を造るのは簡単。毎年同じ味に仕上げるのが技のみせどころ」という親方の言葉を胸に刻み、平成二十六年全国新酒鑑評会でも金賞を獲得。8年連続で金賞を受賞している。『東豊国』の特徴は、柔らかな味わいとほのかな甘み。杜氏が築き上げてきた味を変えることなく、普通酒にしても地元の人々に愛された味を守り続けている。

 

地元の酒『東豊国』の他に、22BYから誕生した新ブランドがある。9代目の矢内賢征さんが立ち上げた、特約店限定の酒『一歩己』だ。賢征さんは文系の大学を卒業し、東京・滝野川の酒類総合研究所と福島県ハイテクプラザ(独自の酵母を開発する研究機関であり蔵元に技術指導を行う)で酒造りを学び、2010年に蔵へ戻った。

「こんなに早く蔵に戻るなんて、学生の頃は考えもしませんでした。はっきり言って、当時は日本酒業界に魅力を感じていなかった。ところが就職活動中に出会った一冊の本が、僕の価値観を変えたんです。それが、山同(敦子)さんの著書『愛と情熱の日本酒』でした。そこに書いてあったのが、十四代さんや飛露喜さんがいかにしてブランドを大きくしていったかという話。ずっと酒造りは杜氏がやるものだと思っていた自分にとって、酒造りをしている蔵元の存在、若い世代の酒販店さんが銘柄を育てているという事実は、驚きであり衝撃でした。日本酒に魅力を感じたのも、そこからです」

 

蔵に戻ると、酒造りに没頭。己の一歩であるという決意と、酒造りは一年一年、一歩一歩着実に成長していかなければならないという想いを込め、造り2年目で『一歩己』をデビューさせた。蔵にとっては新たなアプローチの酒であり、賢征さんにとっては挑戦の酒だ。

「スペックは『東豊国』の純米酒とほぼ同じで、美山錦の60%精米。今まで杜氏が造ってきた純米酒に対して、いかに同じ条件で自分の味を表現ができるかってところをコンセプトにしました。『一歩己』は甘みを残しつつ香りをのせて、若い人たちにも受け入れてもらえる酒質を目指しています。より多くの人たちに飲んで欲しいという気持ちはありますが、一番のターゲットは地元の同世代。古殿の人が郡山とか東京で食事をするときって、決まって背伸びした店を選ぶんですよ。そんな肩肘あがってるときに『一歩己』を見つけて、安心感や安堵、さらには地元を誇りに思ってもらえたら嬉しいですよね。だから地元でも都市部でも勝負できる酒でありたい。『一歩己』は地元のサポートを受けて羽ばたく酒でありたいんです。都会がすべてではないですし、地元がすべてでもない。あくまで両方を視野に入れつつ、どちらにも軸を残した酒造りをしていきたいと思っています」

 

焦らず弛まず、一歩一歩着実に進化している『一歩己』。まだまだ伸びしろのある期待の酒は、県内はもちろん県外からも注目を集めている。

「自分が蔵に戻る決意ができたのは、十四代さんや飛露喜さんが輝いて見えたから。だから自分も10年後や20年後には、酒蔵を継ぐ決意をした人の目標となる存在でありたいです。何石まで蔵を大きくしたいとか具体的な目標もありますけど、それよりも大きな目標は輝く存在の酒蔵であること。『一歩己』に憧れて蔵を継ぐ人が出てきたら、最高に嬉しいですよね」

 

 

豊国酒造

福島県石川郡古殿町竹貫114